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レビュー 『ゼロからはじめる哲学対話 哲学プラクティスハンドブック』

 哲学プラクティスについて何か知りたいなら、しのごのいわず本著を手にとるべきである。

 正直なところ全体的な感想を言うのはかなり難しい。というのも多くの執筆者によって書かれ、多岐にわたる実践の指南書であるために、一部は玉石混交だからである。一つの読み物と言うよりは、哲学プラクティスの辞書だと思って、調べたいことがあったら該当箇所を読んでみるというふうに使うのがいいのではないだろうか。それが手引き(ハンドブック)として用いるべき本の役目であろうから。

 さて、私の印象に残ったもので、おそらくは多くの人にはあまり注目されることがないであろう4つの点に短く触れておくことにしよう。一つは、対話の「記録の仕方」3章4(p142)、二つ目は「知っておきたい哲学のテーマの概説」4章(p197)、三つ目は、「付録:倫理基準」5章4(p336)「付録:オンラインによる哲学プラクティス」5章5(p344)。

対話の記録の仕方 3章4(p142)

 実践者、参加者、調査者がそれぞれ記録を行うことが想定されている。私にとって興味深いのは、記録される対話は、評価され、その効果や意義を明らかにする研究に資するものとされているということである。私自身は以前、対話における問いと答えの量が、対話の本質に基づいて評価される第一のものであるとのことを考察したことがある。この書で紹介されている対話の記録の仕方とどれほど共通点があるのか、改めて考えてみたいと思った次第である。

知っておきたい哲学のテーマの概説 4章(p197)

 玉石混交と言ったのはこの章のことである、4、5、6節は本格的であり読み応えもあり、実践に用いるだけではもったいない。自分で考えてみるべき哲学のテーマであるから。けれども、その他の部分のある箇所は、いかにして共著者や編者に気付かれることなく紛れ込むことが可能であったのか、想像しがたい。いや、多くの人々に読まれることを想定したために、そうせざるを得なかったのか。その点は目を瞑らざるを得なかったのか。私が過敏なだけだろうか。

倫理基準 5章4(p336)

 p336「哲学プラクティスの実践者は、なによりもまず、その場に集まり哲学プラクティスの営みを行うすべての参加者の基本的人権を尊重しなければなりません。すべての参加者の権利を平等に強制されることなく、公正なあり方で実践に臨む必要があります。実践者のみならず、参加者も肉体的、精神的苦痛を与えたり、与えられたりすることがあってはいけません」と書かれている。(原文ママ)

 一般的な読者に対する案内所(書)であるこの著においては、こうした言い方にならざるを得ないし、このように書かれなければあらぬ誤解を生む。だからこそ、私は補足が必要であると思う。それはこうである。哲学プラクティスにもしも倫理基準などというものが一般的な倫理に通用するような形であらかじめ与えられているように思われたなら、それをいつでも疑い、批判し、場合によっては取り払う用意ができているのでなければならない、ということだ。いつでも疑い、批判し、場合によっては取り払うということを、「問う」と「答える」によってのみ行うこと、それだけが、倫理基準、いや対話の基準である。基本的人権を尊重しなければならない、という常識的な倫理は、対話において盲目的に従われるべきではない。むしろそのことを明るみに出し、本気で疑い、問いなおすことができるということが、哲学プラクティスの真価であるから。

オンラインによる哲学プラクティス 5章5(p344)

 オンラインで参加できる哲学対話について、以前私はこのような記事を書いたが、ここでは哲学プラクティスを行う方法がツールの使い方などとともに紹介されている。新型コロナウイルスの影響拡大の最中、むしろ哲学対話がパンデミックになって欲しいと、私は少しばかりは思わなくもないのだが、本書もそのつもりであれば嬉しい。

 若干、本書を批判することにはなったかもしれないが、哲学の精神を共有している著者らに対して、率直な見解を述べることは失礼に当たらないどころか礼儀であると私は思う。

 いずれにしても、哲学プラクティスに関しての初心者はみんな、まずはじめに本書を読むべきだろう。よきにつけても悪しきにつけても、知らねばならないことがたくさんある。本書には参考文献表もついているし、参加できる哲学プラクティスも案内しているし、哲学プラクティス・哲学対話・哲学カフェ、そして哲学を知るきっかけこれでもかというほど、与えている。

 ともかく、はじめに言ったことを繰り返すが、哲学プラクティスについて何か知りたいなら、しのごのいわず本著を手にとるべきである。

仮にもしも、もっともっと哲学対話についての本を読んでみたいと思う人がいたら、以下の記事を参照してもらえれば幸いである。

8つの哲学対話の必読本

About the author

thethirdman

Y先生には「君には言いたいことが何かあるのは分かるけれど、それが何であるのか分からない」と言われ、H先生には「何かの本質をつかんでいるとは思うけど、それが何かってことだよね」と言われたと話すと「それはそのままthe third manさんのキャッチフレーズになりますね」と。

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By thethirdman

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