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Categoryレポート

2020/09/20 発表@哲学塾カント「哲学対話とは何か」ソクラテス、プラトン、アリストテレスの場合

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哲学対話とは何か ソクラテス、プラトン、アリストテレスの場合 要旨  ソクラテスが街角で実践した対話活動、プラトンがディアレクティケーと呼んだ哲学固有の手法、アリストテレスが取り集めた言論と探究の論理法則。アテナイの三人の哲学者のうちに問いと答えの輪郭を描き出すことで哲学対話を巡る問いを立てるとともに、哲学の歴史を対話の相のもとでみる試みの事始としてみたい。 また、対話とは問いと答えである、哲学対話とは純粋な問いと答えである、という簡潔かつ決定的な答えを示すことにより、これまでに費やされてきた対話や哲学対話についての無駄なお喋りと権威ある言説を一掃する。 目次 1 序1.1 端的に「哲学対話とは何か」1.1.1 哲学対話とは何か、には多くの答えがありえ、多くを含む問いである1.1.2 哲学とは何か+対話とは何か1.1.3 「哲学+対話」とは何か1.2 哲学の歴史の「哲学対話とは何か」1...

ガレス・マシューズ『子どもは小さな哲学者』からの10個の引用、子どもとの哲学対話のやり方

子どもとの哲学対話のやり方 子どもの哲学に関して、世界的にもっとも重要な貢献を果たした人の一人はガレス・マシューズでしょう。彼の『子どもは小さな哲学者』には子どもとの対話の実践が数多く記録されています。その記録と彼の考察は、哲学の本質もある光を当てるという点でも、非常に興味深いものです。 そんな子どもの哲学に興味を持つ人なら必読の著書から10個所の引用をし、著書の紹介にしたいと思います。引用の最後の一つは、マシューズが自分の息子と行った対話のやり方です。子どもとだけでなくとも、だれとでもできそうな対話のやり方なので試してみてはいかがでしょうか。 このページの概要 哲学するのはごく自然な行為である パパが二重に見えないのはどうして?だってぼくには目が二つあるし、片目ずつあけてもパパが見えるよ 問題点の重要性を、「からだで」感じとっている ピアジェが迷いに対してまったく鈍感らしいということ...

対話屋ディアロギヤの新型コロナウイルス感染症対策案 暫定3つ+1つ

あらためて言うまでもありませんが、新型コロナウイルスパンデミックにより、対話屋ディアロギヤの活動(新宿哲学カフェ、哲学対話イベントなど)の中断を余儀なくされております。 今後も新型コロナウイルスの感染拡大は加速していくでしょうし、仮に一時的に収束したとしても、予断を許さない状況であるのは間違いのないことでしょうから、それまで何かしなければなりません。 この機会に、直接の報酬を求めない社会奉仕でもやってみようかと思います。 オンライン哲学対話の技術サポート 哲学対話のイベントをこれまでに行ってきた方なら、様々なイベントが中止になるたびに、オンラインでの対話ができないものか、とお考えでしょう。そうした中で、技術的な問題のためにオンライン対話を断念しなくてよいようなサポートをしていきたいと思っております。zoomやgoogle hang...

同じ素人であるところの、子どもと哲学するとは?老人と哲学するとは?

昨日は子どもの哲学のワークショップに午後に行き「子どもと哲学するとは?」、そのあと夜には哲学塾カントに行き「老人と哲学するとは?」を問うことになった。後者が前者を照射するその仕方はなかなか面白いものでありうる。 Sharing experiences in philosophy for/with children in Asia  闘いの対話か配慮の対話か...

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