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Category対話と哲学

対話の金銭問題

対話の金銭問題とは次のようなものです。

何にも役に立たないと思われている対話にどうして人々が金を払うであろうか

対話の金銭問答その一

そんな役に立たないものを仕事にするなんてことができるのか

対話の金銭問答その二

対話するのにお金をもらうとすると、お金が払えない人を排除してしまわないか

対話の金銭問答その三

お金のために対話をするとすれば、それは対話を仕事にしているのであって対話を遊びとしてやっているのではないから、対話がお金を稼ぐ手段になり、対話することを目的としないではないか

対話の金銭問答その四 (執筆中:非公開)

とりわけ西洋哲学の伝統を学ぶ意義は何か

しばしば以上にほとんどの場合、官庁や病院や大企業でさらにはともかく誰かに雇ってもらうなどという仕方であくせく働いていては、クソ真面目なりすぎて哲学ができなくなると感じる。それもあって私は自営業・自由業にこだわっている。 忙しい日々のうちに湧いてくる疑問や人間関係での悩みや組織への反発は哲学の材料としては格好のものではあろう。しかし、それ以上に、哲学にとって本質的なことをクソ真面目さが害してしまうように思う。 西洋哲学の伝統のうちには遊びやふざけがある...

同じ素人であるところの、子どもと哲学するとは?老人と哲学するとは?

昨日は子どもの哲学のワークショップに午後に行き「子どもと哲学するとは?」、そのあと夜には哲学塾カントに行き「老人と哲学するとは?」を問うことになった。後者が前者を照射するその仕方はなかなか面白いものでありうる。 Sharing experiences in philosophy for/with children in Asia  闘いの対話か配慮の対話か...

thethirdman

Y先生には「君には言いたいことが何かあるのは分かるけれど、それが何であるのか分からない」と言われ、H先生には「何かの本質をつかんでいるとは思うけど、それが何かってことだよね」と言われたと話すと「それはそのままthe third manさんのキャッチフレーズになりますね」と。

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