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Category対話の金銭問題

哲学のプロはありえない?

哲学にはプロやアマはあるだろうか。草野球や草サッカーがあるように、草哲学がないはずがない。プロ野球やプロサッカーと同じように、哲学もまたプロ哲学があるとしたら、それはアカデミズム哲学やジャーナリズム哲学のことであろうが、それらは果たして褒められるべき哲学であろうか。 ところで、素人や玄人、良し悪しがあるかもしれないことは、「なぞらじ」で話されていた。 「プロ」と哲学者とアカデミズムの問題に関するツイート 世すぎのために金をかせぐのが、どれほどの卑しいことであるか知っている人は少ない。 世すぎのために金をかせぐのは本来卑しいことだ、という感覚を、つねに忘れないようにしたい。「プロ」というのは、はたして褒め言葉であったろうか。— TANI_Röhei@赭埴庵 (@Taroupho) May 31, 2020...

対話の金銭問答その三

問い: 対話するのにお金をもらうとすると、お金が払えない人を排除してしまわないか 答え: 全くその通りである。 お金を払ってまで対話しないような人を、対話しようとする人は排除すべきである。また逆に、対話するのにお金を貰えば、お金を払う人なら誰でも受け入れるという条件を提示していることになるのを忘れてはならない。 補足 「お金が払えない人を排除してしまわないか」というのは問いの形をしていますが、単なる懸念です。どんな懸念であるかを考え、突き詰めていくと、吐き気を催すような気持ちの悪いものに出くわします。 子どもからお金をとるべきではない?子どもにはお金を払うべきである...

対話の金銭問答その二

問い 対話なんて役に立たないものを仕事にできるのか。 答え できる。なぜなら (2.1)対話が仮に役に立たないとしてもそのもの自体で価値をもつから。さらに、(2.2)対話が役に立たないというのは誤解である。対話はあらゆることに役に立つ。社会的に善いことにも、悪いことにも役に立つ。 補足 対話の悪用についての認識 とりわけ、対話は悪用されるという点について補足したいと思います。対話は社会を作っている基礎的なものなので、世俗の善いものに役に立つように用いることができるのは当然ですが、逆に、悪いものに役に立つように用いられていることも、知る必要があるでしょう。むしろ、対話についてよく知らないと、自らが対話を知らず知らずに悪用してしまっていたりすることがある。...

対話の金銭問題

対話の金銭問題とは次のようなものです。

何にも役に立たないと思われている対話にどうして人々が金を払うであろうか

対話の金銭問答その一

そんな役に立たないものを仕事にするなんてことができるのか

対話の金銭問答その二

対話するのにお金をもらうとすると、お金が払えない人を排除してしまわないか

対話の金銭問答その三

お金のために対話をするとすれば、それは対話を仕事にしているのであって対話を遊びとしてやっているのではないから、対話がお金を稼ぐ手段になり、対話することを目的としないではないか

対話の金銭問答その四 (執筆中:非公開)

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