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生きるに値しない生とマルクスアウレリウスの火

生きるに値しない吟味のない生

プラトン全集1 『ソクラテスの弁明』田中美知太郎訳

38a またさらに、人間にとっては、徳その他のことについて、毎日談論するという、このことが、まさに最大の善きことなのであって、わたしがそれらについて、問答しながら(dialogounmenou)、自分と他人を吟味しているのを、諸君は聞かれているわけであるが、これに反して、吟味のない生活は、人間の生きる生活ではないと、こう言っても、わたしがこう言うのを、諸君はなおさら信じないであろう。しかしそのことは、まさにわたしの言うとおりなのだ、諸君。ただそれを信じさせることが、容易でないのです。

 また同時に、わたしとしては、自分がとうぜん悪を受くべきものであるというような考えには少しも慣れてはいないということもあります。

ギリシャ語原文、英訳 http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0169%3Atext%3DApol.%3Apage%3D38

マルクスアウレリウスの火 

マルクス・アウレリウス『自省録』4章1節

我々の内なる主が自然に従っている際には、〔できうるかぎり、〕許されるかぎり、出来事に対して常にたやすく適応しうるような態度を取るものである。

 なぜなら、彼は特にこれという一定の素材を好むわけではなく、その目的に向かって、ある制約の下に前進する。そしていかなる障害物にぶつかろうともこれを自分の素材となしてしまう。この点あたかも火が投げ込まれた物を捕らえる場合に似ている。小さな灯ならば、これに消されてしまうであろうが、炎々と燃える火は、持ち込まれたものを忽ち自分のものに同化して焼きつくし、投げ入れられたものによって一層高く躍りあがるのである。

http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A2008.01.0641%3Abook%3D4%3Achapter%3D1%3Asection%3D1

フーコー『主体の解釈学』の対話のやり方(その二) 「我思うゆえに我在り」は自己の存在を意味しない

承前 (その一)「汝自身を知れ」は自己認識を意味しない

B 省察は主体の思考に対する働きかけではない。思考の主体への働きかけである。

引用

p404

省察は誤解されている

 ここでひとつの概念が出てきます。この概念についてはいずれまたもう一度お話しするつもりですが、今日も少し立ち止まってみたいと思います。それは「省察(méditation)」という概念です。ラテン語のメディターティオ meditatio (その動詞形は meditari)はギリシア語の名詞のメレテーmelete の翻訳であり、その動詞形はメレターン meletan です。このメレテーやメレターンという語は、少なくとも十九世紀や二十世紀の人間が「省察」というときに考えるような意味をまったく持っていませんでした。メレターンとは訓練のことです。それは、「訓練する」とか「熟練する」といった[意味を持つ]ギュムナゼイン gumnazein という言葉と近い意味を持っています。ただし、この語とは少し違ったコノテーションを持っています。意味の場の重心が少し異なっていると言ってもよいでしょう。一般にギュムナゼインは、「実際の」試練、事柄それ自体に立ち向かうひとつの方法のことを指します。たとえば敵に立ち向かうことによって、彼に対して抵抗できるか、彼よりも強いかを確かめるようなものです。それに対してメレターンはむしろ思考訓練、「頭の中での」訓練ですが、今日の私たちが考える「省察」とはかなり違ったものです。「省察」というと私たちは、何かについて特別の集中力で思考しようと試みること、ただしその意味を深めることはしないことだと考えてしまいます。あるいは「省察」とは、思考の対象である事柄から出発して、多かれ少なかれ規則的な順序で思考を発展させることを意味します。今日の私たちにとって「省察」 とはこのようなものです。しかしギリシア・ラテンの時代の人にとってのメレテーとメディターティオは別のものです。それを二つの側面から理解しなければならないと思います。

訓練としての省察

第一にメレターンとは、自分のものにする訓練、 思考によって自分のものにする訓練です。ですから、ある文章が与えられたときに、それが何を意味するかを[知ろうとする]努力をすることは重要ではありません。およそ釈義という方向には向かわないのです。メディターティオとは、[思考を]自分のものにすること、そしてそれを深く確信することです。すなわち一方ではそれを真だと信じることが出来るように、他方ではそれを繰り返して言うことができるように、つまり必要や機会が生じたらすぐに繰り返して言うことができるように、深く確信することなのです。したがって重要なのは、この真理が精神に刻み込まれて、必要なときに思い出せるようにすること、すなわち(前に話した表現を使うならば)プロケイロン(手許に)置くことによって、すぐさま行為の原則とすることができるようにすることなのです。自分のものにすること、それは次のようなことを意味します。すなわち、真実の事柄から出発して、真実を思考する主体となり、 真実を思考する主体から、しかるべき方法で行動する主体になることなのです。「メディターティオ」という訓練が向かうのはこのような方向です。第二に、別の方向では、メディターティオは一種の同一化の経験をすることで す。つまりこういうことです。メディターティオとは、事柄それ自体について思考することではなく、むしろ思考している事柄の訓練をすることなのです。そのもっとも有名な例が、死についての省察という訓練であることは言うまでもありません

死について省察する

ギリシア・ラテン期の人が理解していた意味では、死について省察する (meditari, meletán)ことは、「これから死ぬのだ」ということを考えることではありません。このような死の観念に、たとえばその帰結となるようないくつかの観念を結びつけることではありません。死について省察すること、それは死につつある人、これから死ぬ人、死の前の数日間を過ごしている人の状況に思考によって身を置くことです。省察とは、主体が自分の思考に働きかけることではなく、主体が対象に働きかけること、自分の思考の可能な対象に働きかけることでもありません。現象学で言うような、形相的な変更の次元のものではないのです。それはまったく異なったゲームです。

思考が主体自身に実際に働きかける

それは主体がひとつの思考に対して、あるいはさまざまな思考に対して働きかけることではなく思考が主体自身に実際に働きかけることです。つまり思考によって、死につつある人あるいは今にも死のうとしている人になる、ということなのです。比較していただきたいのですが、けっきょくのところデカルトが 『省察メディタシオン』でおこなっていたこと、彼がこの言葉に与えていた意味もまさにこのようなものでした。それは主体の思考に対する働きかけではなく、思考の主体への働きかけなのです。ですから、この省察という実践の歴史をたどり直さなくてはならないでしょう。古代における省察、原始キリスト教における省察、十六世紀から十七世紀に おけるその復活、あるいはその新たな重要性と爆発的な発展などです。いずれにせよ、十七世紀にデカルトが「省察」し、『省察』 という本を書いたのは、こうした意味においてなのです。主体の思考に対する働きかけなどではありませんデカルトが思考したのは、世界において疑いうるものについてではありません。また、疑いえないものについてでもありません。これは普通の懐疑的な訓練にすぎないと言ってよいでしょう。デカルトはすべてを疑う主体の状況に身を置きますが、疑いうるもの、その存在を疑いうるものについて問いたずねることはありません。 

デカルトは疑いえぬものを探究するものの状況に身を置く

そしてデカルトは、疑いえぬものを探求する者の状況に身を置くのです。したがってこれは思考やその内容についての訓練ではありません。主体が思考によってある状況に身を置く訓練なのです。ここには、思考の効果の関係における主体の位置の移動があります。以上のようなことが、今お話ししている時代において、哲学的な読書が持つべき省察的な機能なのです。主体が思考によって虚構の状況に身を置き、そこで自分を試練にかけること、こうした省察的な機能のゆえにこそ、哲学的な読書はーーー全面的にではないにせよ、少なくとも多くの場合ーーー作者に無関心であり、文や格言が置かれたコンテクストにも無関心なのです。 

コメント

 「汝自身を知れ」は『ソクラテスの弁明』というもっとも有名な哲学書を思い起こさせたことでしょう。それに勝るとも劣らないほど有名な哲学書の一つがデカルト『省察』であり、「我思うゆえに我あり」を知らない人はいないくらいです。ですが常識的に解された限りのデカルトや「我思うゆえに我あり」は全く間違っている、とフーコーのこの著は教えてくれています。

哲学対話における「考える」は日常的な意味は全くない

 哲学対話において「よく考える」とか「思考する」とか、自己自身との対話においても「考える」ということを、問い直すべきです。哲学対話において「考える」というのは普通の意味での「考える」とは全く違います。哲学することは普通の意味での「考える」という軽率な意味では全然ないのです。物事を順序立てて整理する、言葉の意味を理解する、人を思いやって言っていることをよくきく、とかいった低次元の誰でもできそうなことが、哲学における「考える」ということではないのです。だから、哲学対話においてなすべき「考える」とか「探究する」とかいうことは、簡単にできるような代物ではなく、お気楽なものでは決してないのです。上に言われているようにそれは訓練が必要なのであり、訓練そのものであり、例えば、今から自分が死んでしまうような状況を心の中だけで作り出すというようなものです。

 そのような「考える」は、舞台の上で役者となって死を演じるのよりも難しいはずです。舞台に上がり、小道具大道具が用意され、他の役者に囲まれてその状況が環境的にも十分に似せられているところで、あなたが登場人物になりきって死ぬ演技をすることはできるでしょう。それとて全然簡単なことではありません。相当な稽古を積み、その役柄の知り、その役柄になりきる訓練が必要だからです。

「なりきる」ことよりも難しい「考える」こと

 哲学のおいて要求される思考の訓練は、それら全てを思考のうちで行うのです。舞台という外的装置もなく、役柄について教えてくれる台本も何もない。それらを全て「考え」出さなければならない。それがどれほど難しいことかは、考えてみないと、到底わからないことでしょう。だからむしろ、思考が自分を支配するというような言い方が正しいのです。引用した箇所に近接した別の箇所では、フーコーは二度にわたって「主体の思考に対する働きかけなどではない」と主体が思考に働きかけることを強く否定しています。主体が何か思考に影響を及ぼすという発想を排撃している。哲学における「考える」とは、普段通りの自分がいて、その自分が何かを考える、というようなことでは全くないのです。そもそも普段の自分はどこにもいなくなって、考えつまり思考が、自分になるのです。哲学対話において「考える」ことを実行しようとしているのなら、そのような「考える」でなければなりません。

 デカルトの「我思う」の「思う」は、厳密に以上の意味だということを理解しなければなりません。ということは、およそ「理解」などしようとすることが間違いだと気づかれるでしょう。デカルトがしたのとまさに同じように、全てを疑ってこそはじめて、デカルトの言っている「我思う」になるのです。いや、デカルトのように考えているのではダメで、デカルトが自分にのりうつる、くらいでなければなりません。自分がデカルトにのりうつるのでもダメです。

デカルトの省察は、疑いえぬものを探求する状況に身をおく訓練だった

 デカルトは「疑いえぬものを探求する者の状況に身を置く」とフーコーは言っています。ということは、「我思う」を遂行しようとするなら、「疑いえないものを探究」しなければならないということです。「我思う」という言葉を理解しようと努めるよりもむしろ、本当に「疑い得ないものとは一体何か」と自分自身が問いかけるのでなければならない。「疑いえないものとは何か」と、デカルトと同程度に自分が問うている必要があるのです。もはやデカルトの霊が私を欺き「疑いえぬものとは何か」と問わしめている、そういう状況になっていなければならないということです。そのときにはじめて、「我思うゆえに我あり」の真価を知るのだと思います。

 以上に述べてきたことは、対話には直接関係ないように思われるかもしれませんが、そうではありません。対話する相手が生身の人間であろうとテクストであろうと過去の自分の思いであろうと、その状況に身を置く訓練をするということには変わりがないからです。哲学における「考える」は常にそういうものでなければならないのです。言葉の意味を探ることや記憶を呼び覚ますことや他者へ配慮することなどそれらの部分にすぎない。それらの部分を総動員して、状況に身を置くこと、これが哲学的に「考える」ということなのです。このような「考える」には、しばしば用いられる「深まる」などというのは似つかわしくない。「主体が思考によって虚構の状況に身を置き、そこで自分を試練にかける」度合いを測って「深まる」とかそうでないとかは言い得ないでしょう。

ピエール・アドの精神の修練、マインドフルネスの同一化

 思考の主体に対する働きかけ、という主題は、フーコーに比べると日本ではあまりに有名でないのが不思議なピエール・アドのexercice spirituel 「精神の修練」を連想させます。また、思考や同一化の経験を悪として取り扱う仏教やマインドフルネスとの違いが気になりもしますが、的外れな憶測かも知れません。

続き (その三) 読書は作者が言いたかったことを理解することではない。

続きの続き (その四) ソクラテスの弁明からの引用

フーコー『主体の解釈学』の対話のやり方(その三) 読書は作者が言いたかったことを理解することではない。

承前 (その一)「汝自身を知れ」は自己認識を意味しない

承前 (その二) 「我思うゆえに我在り」は自己の存在を意味しない

C 読書は作者が言いたかったことを理解することではない。実際に自分のものとなるような真の命題を身に装備することである。

引用

p406(Bの引用にすぐ続く部分)

 また、こうした省察的な機能によって、読書から得られる効果も説明されます。それは作者が言いたかったことを理解することではなく、実際に自分のものとなるような真の命題を身に装備することです。ですから折衷主義的なところはまったくありません。つまり重要なことは、さまざまな起源の命題を寄せ集めることではなく、命題の安定した生地を織り上げることなのです。こうした命題が、命令や真実の言説としてだけではなく、行動原則としての価値を持つのです。このように読むことは訓練や経験と考えられ、省察のためになされます。だから、容易におわかりのように、読むことは書くことと直接に結びついています。それは当時きわめて重要だった文化的・社会的現象なのです。そこで書くことは大きな位置を占めていました。

私的かつ個人的に行われる書く行為は自己訓練

それもいわば私的かつ個人的におこなわれる書く行為なのです。この過程の起源を正確に見きわめるのは難しいのですが、いまお話ししている1-2世紀という時代に限るならば、書くことはすでに自己訓練のひとつの要素となっており、ますます強化されていくことになります。読むことは書くことによって延長され、強化され、新たに活性化されます。それは訓練であり、省察の要素でもありました。セネカは読むことと書くことを交互におこなわなければならないと述べていました。書簡第八四です。彼は言います。読んでばかりでもいけないし、書いてばかりでもいけない。第一の営み(読むこと)をたえず続けていると自分の力を衰弱させてしまうことになる。書いてばかりいると力を減少させ、弱めさせてしまう。 読むことと書くことをおたがいに緩和するべきだ。読書によって集めたものを、文章の表現によって作品(コルプス corpus)化しなくてはならない。読書はorationes, logoi(諸言説、言説の諸要素)を集める。それをコルプスにしなくてはならない。書くことこそがコルプスを構成し、保証してくれるのだ、とセネカは言うのです。このような書くことの義務、書くことの勧めは、人生上の教えや自己実践の規則には絶えず見られます。たとえばエピクテトスは次のように忠告します。省察し(メレターン meletan)、書き(グラフェイン graphein)、訓練する(ギュムナゼイン gumnazein)ことが必要である、と。まずメレターンとは、多くの場合読んだ文章によって支えられる思考訓練のことです。グラフェインとは「書く」ことですね。最後にギュムナゼインとは、実際に訓練すること、現実の試練やテストを受けることです。また死についての省察を書いたあとで、エピクテトスは次のように結論します。「こうして思考したり書いたり文章を読んでいるときにも、死は私を襲いうる」。したがって書くこととは訓練の一要素であり、同時に可能な二つの使用を持つという利点を備えた訓練の一要素なのです。

思考している事柄を自らに同化し、魂や身体に根付くようにする書く行為

まず自分自身のための使用があります。書くという行為だけで、思考している事柄をみずからに同化するのです。その事柄が魂や身体に根付き、いわば習慣のようなもの、肉体的な潜在性になることを助けてくれるのが書く行為なのです。読んだあとに書くこと、そして書いたあとに書いたことを読み直すことは、習慣として勧められていました。それも声に出して読み直さなくてはなりません。ギリシア・ラテン期の表記では単語は分離されていなかったからです。 ですから、読むにはきわめて大きな困難があったわけです。読書の訓練は容易な訓練ではありませんでした。私たちがやるように目だけで読むわけにはいきません。単語を正確に区別するためには、小声で発音しなければなりません。このように、読み書きの訓練、書いたことや覚え書きを読み直すという訓練は、ひとが手前に持っている真理やロゴスを自分のものにするための、ほとんど肉体的な訓練でした。エピクテトスは言います。「以上の思索を、 夜も昼も手許にあるもの(prokheira)とするがいい。それらのことを書き、それらのことを読むがいい」。読書にあたる伝統的な単語は anagignoskein、すなわち、しかるべく分離したり配置したりすることが難しく、従って理解するのも難しい記号の寄せ集めの中で認知することです。したがって自分の思考を保持するのです。自分の思考を手許に保持するためには、それを書かれたものとし、自分のために読まなくてはなりません。思考について 「自分自身とも、他人とも、『このことに対して、君は私に援助することができるか』と話すがいい。それからさらに、次々と違った人のところに行くがいい。それからもし何かいわゆる好ましくないことが起こるならば、それは予期しないことではなかったという考えは、さっそくまず君の心を軽くしてくれることだろう」。そして読み、書き、読み直すことはこの praemeditatio malorum(災悪をあらかじめ予期する訓練)の一部なのです。ストア派の修練においてきわめて重要なこの問題については、次回か、あるいはいつかお話しすることになるでしょう。

真実の言説を体内化する

ですから、ひとは読んだあとに書くことによって読み直すことができ、自分自身に対して読み直すことによって、他人の口から聴いたり、他人の文章の中で読んだりした真実の言説を体内化する(s’incorporer)ことができるのです。以上が自分のための使用の場合です。もちろん書くこともひとつの使用であり、それは他人に役立ちます。あ、 そうそう、忘れていました。読書や会話や講義の時に書かなくてはならない覚え書きは、ギリシア語ではヒュポムネーマタ hupomnémata と呼ばれています。記憶の支えということですね。この記憶の記録があれば、読書や記憶の訓練によって語られた事柄を思い出すことができるのです。 

コメント

 読むこと書くことについて述べられた上の引用を、対話に置き換えるとどうなるでしょうか。読むことは聞くことに、書くことは話すことになるかもしれません。

対話を「読む」ことは、他者の問いを暗唱すること

 読むことが、フーコーがいうように作者の言いたかったことを理解することではなく、自分の実際に自分のものとなるような真の命題を身に装備することだとするなら、それと全く同じことが、「聞く」ことにも言えるでしょう。すなわち、対話する他者の言いたいことを理解することにとどまらず、その聞き手が実際に自分のものとすることができるような真の命題を聞き手のみに装備することができるほど、聞き入らねばならない、ということです。しばしば起こるようなものではありませんが、私が経験するのは、話し手の言葉が舞台で演じられている芝居の台詞であるかのようにこだまして聞こえたり、楽曲の印象的な旋律やフレーズが耳にこびりついて離れなくなる、といったようなことです。

発言者の意図を読み取ろうとする間違い

 そういう意味で、ここで言われているような読むように聞くとは、対話者の発言の一つ一つを記憶するかのごとく小声で反復し、暗唱しようと務める精神の活動でしょう。これに対するのは、発言者の意図や心的状況や家庭環境や仕事上での立ち位置や経験などを憶測してみたり読み取ってみたりすることです。メタダイアローグ、対話の振り返りなどをすると、参加者やファシリテイターは、いかに対話を読み取ろうとしていたかを語り始めることが多々ありますが、それらは全く正しくない、ということです。とりわけ、抑圧されている人々の背景や事情などに想いを巡らすなどということは、対話を近代的な意味で「読もう」としているのであり、古代の意味での「読む」ことではない。話し手の言いたいことを理解するのが重要なことではないのです。話し手の言葉を、実際に自分の身に装備することができるようなものなのかどうかを自問することができるほどよく聞き、暗唱できるくらいにならねばならないということでしょう。発言者がその場で発したその言説(ディスクール)の背後や意味を読み取る必要など全くないのです。

対話を「書く」ことは、自問してから話すこと

 また、書くことは、先のAの最後あたりに述べたように、自問したのちに話すことと重なるでしょう。当てずっぽうや思いついたことを口に出すのではなしに、「真実の言説を体内化」してから話すということでしょう。百歩譲っても、「真実の言説を体内化」しようと努めるために、話すということでしょう。現代のコンピューターのおかげで書くことはあまりにも用意になりましたが、それでも話すときほど当てずっぽうに書くことはできずまず言いたいことを整理してから書くくらいの遅さが必要なように、対話においても、書くときと同じ遅さで話すべきなのです。あえて通俗的に言えば、書けそうにもないような速さで話すべきではないのです。すでに一度書いたものをもう一度声に出して読むように、話すべきなのです。対話を哲学的にするには、それくらい遅くなければならない。哲学対話でしばしば言われる「ゆっくり」考えるとか「ゆっくり」話すとかいうのは、書くときと同じくらいの遅さ(速さではなく)で、解するのが適切です。

エクリチュールと「書く」こと

 デリダにエクリチュールというのがありますが、書くように対話するということは、エクリチュールに抗うものなのかもしれません。すなわち記録され文字化されるときには、話されていたときに現前していたことが失われて独立するに至る。書かれた文字はそのようなものでしかありえないというのは一つの真実でしょう。そのことが真実ならばこそ、書かれた文字よりも一層「書く」という行為そのものによって、文字に真実の言説を記録させるのに抗って、真実の言説を「体内化」しようとしたのでしょう。書くことによって、文字に真実を同化しようとはせず、書いている魂や肉体に真実を根付かせ、習慣とし、肉体的な潜在性となるようにしたということです。対話において「話す」ということは、それほどのことを意味するのでしょう。話された声に真実を任せてしまうのではなく、話している声の真実が、話している魂や肉体に刻み込まれていく、ということでしょう。対話において話すことは、メモ書きのように必要とあればまた見返すことのできるようなものを書きつけることではない。数も少なくいつボロボロになってしまうのか分からない貴重な紙に、今にも尽きてしまいそうなインクの量で手紙を書くようなことなのでしょう。

 こんなことが、私のキーボードタイピングによって画面に映し出されているとは、あまりにも皮肉なことではないかと考えずにはいられません。

続き (その四) ソクラテスの弁明からの引用

フーコー『主体の解釈学』の対話のやり方(その四) ソクラテスの弁明からの引用

承前 (その一)「汝自身を知れ」は自己認識を意味しない

承前 (その二) 「我思うゆえに我在り」は自己の存在を意味しない

承前 (その三) 読書は作者が言いたかったことを理解することではない。

まとめにかえて

 哲学対話の観点に限定しても、600ページを超える『主体の解釈学』はあまりに内容豊かであり、私には到底まとめるなどということができません。いや、まとめるなどということはわかった気にさせるという観点から、避けられねばならないでしょう。ほとんどの人が、まとめられないばかりによく分からず、そのよく分からなさに忍耐強くならないで、考えることを放棄するわけですが、それこそが、ここで糾弾されるべき当のことではないかと思われます。汝自身を知ることも、省察も、書くことや読むことも、ひと時どころか一日一夕には成らない訓練だということが、ここでは言われ続けていたことなのだからです。

 まとめにかえて、ソクラテスの弁明から引用します。

ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン (新潮文庫)   プラトーン  田中美知太郎訳 新潮文庫

自己認識とは、自分の知っていることには何も価値がないと知ることである

23AーC、p22
しかし実際はおそらく、諸君よ、神だけが本当の知者なのかもしれない。そして人間の知恵というようなものは、何かもうまるで価値のないものなのだということを、この神託の中で、神は言おうとしているのかもしれません。そしてそれは、ここにいるこのソークラテースのことを言っているように見えるけれども、わたしの名前は、つけ足しに用いているだけのようだ。つまりわたしを一例にとって、人間たちよ、お前たちのうちで、いちばん知恵ある者というのは、誰でもソークラテースのように、自分は知恵に対しては、実際は何の値打ちもないものなのだということを知った者が、それなのだと、言おうとしているようなものなのです。だから、これがつまり、いまもなおわたしが、そこらを歩きまわって、この町の者でも、よその者でも、誰か知恵のある者だと思えば、神の指図に従って、これを探して、調べあげているわけなのだ。そして知恵があるとは思えない場合には、神の手助けをして、知者ではないぞということを、明らかにしているのです。そしてこの仕事が忙しいために、公私いずれのことも、これぞと言うほどのことを行う暇がなくて、ひどい貧乏をしているが、これも神に仕えるためだったのです。

ふさわしい刑罰は、迎賓館での食事である

36CーE、p55
 さて、ところで、この男はわたしに対して、死刑を求刑している。よろしい。それなら、これに対してわたしは、いかなる刑を申し出るべきだろうか。アテーナイ人諸君。無論、至当のそれでなければならない。では、それは何か。わたしは一生を、おとなしくしてはいなかったというので、何の刑を受け、何のつぐないをしたら、至当だということになるのだろうか。わたしはしかし、大多数の人たちとは異なり、銭を儲けるとか、家事をみるとか、あるいは、軍隊の指揮や民衆への呼びかけに活動するとか、その他にも、官職につくとか、また徒党を組んで、騒動を起こすとかいう、いまの国家社会に行われていることには、関心を持たなかったが、それはそういうことに入って行って、身を全うするのには、自分は本当のところ、善良すぎると考えたからなのだ。それで、そこへ入って行っても、あなた方のためにも、わたし自身のためにも、なんの利益もあるはずのないようなところへは、わたしは行かないで、最大の親切とわたしが自負するところのものを、そこへ行けば、各人に個人的につくすことになるような、そういうところへ赴いたのです。つまりあなたがた一人一人をつかまえて、自分自身が、できるだけすぐれた者となり、思慮ある者となるように気をつけて、自分にとっての付属物となるだけのものを、決してそれに優先して気づかうようなことをしてはならないし、また国家社会のことも、それに付属するだけのものを、そのもの自体よりも先にすることなく、その他のことも、これと同じ仕方で、気づかうようにと、説得することを試みていたのだ。すると、このようなことをしてきたわたしは、何を受けるのが至当なのだろうか。何かよいことをでなければならない。アテーナイ人諸君、もしも本当に、至当の評価を受くべきものだとすればです。しかもそれは、わたしに適当するような、そうした善いものでなければなりません。それなら、何が適当するだろうか。諸君に親切をつくしたその男は、貧乏人であり、しかもいま諸君を説き励ますのに、時間の余裕を必要としているのです。およそ、アテーナイ人諸君、この者がこのような事情にあるとすれば、市の迎賓館プリュタネイオンにおいて給食を受けるほど、適当なことはない。それはオリュムピアの競技で、諸君の誰かが、一頭もしくは二頭、四頭の馬で勝利を得た場合に、そうされるよりも、ずっと適切なことなのだ。なぜなら、その人は諸君を、ただ幸福だと思われるようにするだけだが、わたしは幸福であるようにしているのだから。しかも、馬を出場させるような人は、何も給食を必要としないけれども、わたしは必要とするのです。だから、わたしが正義に従って、至当の評価で自分の受けなければならぬものを申し出るべきだとするならば、これがわたしの申し出る科料だ。すなわち市の迎賓館における食事。

フーコー『主体の解釈学』の対話のやり方 (その一)「汝自身を知れ」は自己認識を意味しない

フーコー『主体の解釈学』の対話のやり方 (その二) 「我思うゆえに我在り」は自己の存在を意味しない

フーコー『主体の解釈学』の対話のやり方 (その三) 読書は作者が言いたかったことを理解することではない。

フーコー『主体の解釈学』の対話のやり方(その一) 「汝自身を知れ」は自己認識を意味しない

 フーコー『主体の解釈学』は、世間に流布する哲学そして対話に警告を発しています。

 最も有名な哲学の言説のうちの二つ、「汝自身を知れ」、「我思う故に我あり」。自己認識と自己の存在を言っているかに見えるこれらの言説が、どれほど誤解されているかを、『主体の解釈学』は教えてくれています。そのことは、主体的な学びとしての哲学対話がいかに安くて手頃なものと見積もられているかを気付かせてくれます。哲学や哲学対話は、哲学者にとってさえ遂行することが困難な訓練なのです。哲学や対話がもてはやされ流行の兆しさえ見せる今日であるからこそ、哲学はとても難しい、哲学なんてほぼすべての人に無関係だ、という耳障りな真実を伝える必要がありましょう。それこそがソクラテスの親切心であったのですから。

ミシェル・フーコー講義集成〈11〉主体の解釈学 (コレージュ・ド・フランス講義1981-82)   ミシェル・フーコー からの引用です。

*なお、引用中に現れている右揃えの小見出しは引用ではありません。また太字での強調は著書によるものではありません。

A 「汝自身を知れ」は自己認識ではない。知る必要のある事柄に自分自身のなかで注意せよ、である。

引用

p5

この〈汝自身を知れ〉は、大変はっきりした、明白なかたちで神殿の石に刻み込まれていたわけですが、おそらくもともとは、のちに付与されたような価値は持っていなかったということ、このことは銘記しておく必要があります。エピクテトスが、この〈汝自身を知れ〉という言葉は人間の共同体の中心に刻み込まれていると言った有名なテクストはご存じですね。(これについてはあとでもう一度ふれます。)実際それが刻み込まれていた場所は、おそらくギリシアの生活の中心のひとつだったのでしょうし、そしてのちには人間の共同体の中心となったのでしょうが、ただそれが持つ意味は、哲学的な意味での「汝自身を知れ」といった意味ではありませんでした。この格言が命じているのは自己認識ではありませんでした。道徳の基礎としての自己認識でも、神々への関係の原理としての自己認識でもなかったのです。これについてはいくつかの解釈が提案されてきました。一九〇一年に『フィロログス』誌の論文の中でロシャー Roscher が提案した古い解釈では、デルフォイの掟が結局のところ神のお告げを聞きに来た人々に向けての掟であり、お告げを聞くという行為と結びついた儀式上の規則ないし勧告といったものとして読まれるべきものであった、という点が強調されていました。そしてみなさんもご存じの三つの掟については同じことが言えます。ロシャーによれば、「méden agan (中庸)」もけっして人間の振る舞いにおける倫理的、節制的な一般原則を定式化しようとするものではなかったろう、ということになります。「meden agan (中庸)」がいわんとするのはつまりこういうことです。

あまりに多くの事柄を尋ねるなかれ、必要なもののみに限定せよ

なんじ神のお告げを聞こうとして来る者よ、あまりに多くの事柄を尋ねることなかれ、有用なことだけを尋ねよ、尋ねようとする事柄を、必要なもののみに限定せよ。 二番目の掟、「eggué(保証)」が言おうとするのはまさに、「神のお告げを聞きに来るときには、守れないようなことを約束するなかれ」ということだったのでしょう。そして〈汝自身を知れ〉に関しては、これもロシャーによればということですが、「神託に物事を尋ねようとして来るときには自分自身のなかで、尋ねなくてはならない事柄、尋ねたい事柄をよく吟味せよ。そして質問の数はできるだけ少なくしなくてはならず、質問しすぎてはいけないのだから、知る必要のある事柄に自分自身のなかで注意せよ」と言おうとしているのだろう、ということになります。ずっと最近の解釈としては、ドゥフラダス Defradas が一九五四年に『デルフォイの宣伝の諸テーマ』で提示したものがあります。彼の解釈は別の解釈ですが、〈汝自身を知れ〉が自己認識の原則ではけっしてないということがここでもはっきりと提示ないしは示唆されています。ドゥフラダスによれば、これら三つのデルフォイの掟は慎重を全般にわたって命ずるものであろう、ということになります。要求においても希望においても「中庸」を得よ。また振る舞いにおいても過剰はあってはならない。「保証」についていえば、これは度を超えた鷹揚さの持つさまざまな危険に来訪者の注意を促す言葉であった。「汝自身を知れ」は、ひとが結局のところ死すべき者であり神ではないということ、従ってあまり自分の力を買いかぶって神の力と対決したりしてはならないということ、 これを絶えず覚えておかなくてはならないという原則である、というわけです。 

コメント

 太字体にしたところが、対話を哲学的にするための態度に特に関わる部分です。対話を哲学的にするためには、通俗的な意味での、哲学的な「自己認識」などのことはまず脇において、「あまりに多くの事柄を尋ねることのな」いようにするべきだ、ということが読み取れます。現代の常識人がわかったつもりになっている「汝自身を知れ」は手垢にまみれすぎています。だから、哲学対話において大切なのは「汝自身を知れ」だと対話の参加者たちに伝えてみても、全然それが守られないで対話が進行していくことが起こってしまう。それは古代の「汝自身を知れ」が具体的にどういう行為を命じていたかを知らないで、勝手に現代の人々が憶測して似非哲学的な意味を付与して満足しているのと同じです。

哲学対話には自己認識はいらない

 対話を通じて「自分の思っていることがよく分かった」程度のことで、哲学対話ができた、と勘違いする人が続出しています。こんな弊害がパンデミックにならなかっただけよかったとは思いますが、当たり前のように起こっているのを見逃すことはできません。フーコーという知の巨人が、つまり知の権威が、『主体の解釈学』といういかにも人々が手にとりそうなタイトルの著作のほとんどはじめあたりで、自己認識などというくだらないものを棄却している。自己認識などは使い物にならない代物だと言っているのです。フーコーが多数の原典や研究書を参照しながら明らかにしてくれる古代世界における「汝自身を知れ」は、通俗的な哲学対話に対する誤りを指摘し、さらには、その正しいやり方を、指南をしてくれてもいるのです。そんな書物を手に取ることもしないで、何にも知らずに対話の場にノコノコ出ていくのは、大人であったら少しはためらうものでしょう。そのためらいこそが「汝自身を知れ」で命じられていることなのです。ついでに言えば、以上のことは、子ども(と)の哲学対話には全く当てはまりません。

「汝自身を知れ」とは質問しすぎてはいないか自問することである

 強調すべきことを繰り返しておきます。哲学対話では、限られた短い神託の言葉を聞くときのように、自らが尋ねたいことは何なのか、私の問いは一体何なのか、を自問したあとで、問いを発するように、ということです。問いの数は少ないはずなのです。質問しすぎてはならないのです。不足のないようにすることなど論外であって注意せねばならないのは、何でもかんでも質問するなどという過剰のないようにせよ、ということです。そうした「行き過ぎ」を自身のうちで吟味するというのが、「汝自身を知れ」ということです。自分が知りたいことが何か分かった、というような自己認識では、全くないのです。哲学対話はそういうことをする場ではないのです。

 哲学対話において、〈汝自身を知れ〉ということが重要だとすれば、以上の意味をおいて他にありません。逆に言えば、私の問いは一体何なのかと自問する前に問いを発し、哲学対話をしたと思い込んでいる人は、「汝自身を知」らないのです。

 実は、上に引用した箇所に続く箇所こそが、フーコー自らが「私が関心を持っている主題にもっとずっと関係の深い点」と言っているものであり、「汝自身を知れ」とつがいのように取り扱われていた「汝自身に配慮せよ」(epimelei heatou)という原則について述べられています。さらに『ソクラテスの弁明』における「汝自身を知れ」のソクラテスの解釈が論じられています。これらは、哲学対話における「ケア」対して示唆に富むものではありますが、別の機会にその考察を譲ることにします。

続き (その二) 「我思うゆえに我在り」は自己の存在を意味しない

続き (その三) 読書は作者が言いたかったことを理解することではない

続き (その四) ソクラテスの弁明からの引用

人生について哲学は何を語りうるか 『哲学の教科書』からの3つの引用

「人生は一人で悩んでいていいんだ。人生の話なんて誰ともしないで、一人で考え続ければいいんだ」。それを教えてくれるのが哲学の魅力であり、哲学の先生に期待してよい(唯一の?)徳であるように私は思います。

ですが、最近ではこんな著書があるそうです。

驚くべきタイトル

実はこのタイトル『哲学の先生と人生の話をしよう』はとても驚くべきものです。多分そんなことを知っている人はいまや少なくなっているのでしょう。とくに若い世代のほとんどの方は、このタイトルをみて驚くことはないのかもしれません。それがまた実は驚くべきことなのです。

大森荘蔵

驚く理由というのは、「東京大学教養学部の哲学者」といえば、30代前半の私ですら真先に思い浮かべざるをえないのは大森荘蔵だからです。「自分の問題を自分で考え続ける」ことだけが哲学だと言い始めた人のイメージが先行してしまい、「哲学の先生と人生の話をしよう」なんてのは想像もできないくらいなのです。だから、このタイトルは30代以上の人々にとっては実に衝撃的なタイトルだと思います。

とはいえ、冷静になってみると、時代がかわったということなのでしょう。30代前半にしてこれほどおじさん臭い思いを持つとは…。誠に残念でございます。

古典を一人で読んで一人で考え続けるのに忙しい私なのですが、いずれ暇なときに上記の著作を読むかもしれません。その予習として、その昔大いに読まれた『哲学の教科書』の「哲学は人生論ではない」の説から3つほど引用いたします。ほんのちょっと前の哲学者たちがどんな人だったか少しはイメージが湧くのではないでしょうか。

中島義道『哲学の教科書』からの引用

中島義道『哲学の教科書』講談社1995年第一刷 
第2章 哲学とは何でないか 第4節 哲学は人生論ではない

いかなる哲学もいかに生きるべきかを教えない

「いかに生きるべきか」を教えるのが哲学である、と信じている人がいるようです。しかし、いかなる哲学といえども直接それを教えることはできません。

p93

自分の行為に照らしながら丹念にその意味を検討してゆくこと

しかし、私が読者諸賢にお勧めすることは、こうした哲学書を読破することではなく、むしろ日常生活を振り返って「よい」という言葉の使われ方に敏感になること、そして自分の行為に照らしながら丹念にその意味を検討してゆくことです。それが「哲学」なのであり、とするとそれがいかに「人生論」とかけ離れているか、お分かりになると思います。
 むしろ、人生論は一般にこうした「言葉遊び」を嫌うように思われます。われわれは、人生論に、こうした回りくどい「無意味な観念の遊戯」を飛び越えて、ただちに幸福を感じさせてくれる・生きる勇気を与えてくれる・絶望から救ってくれる言葉のほとばしりを期待します。人生論の著書も、自分の生きざまから直接にじみ出たごまかしのない言葉が、少数ながらある人々の心に訴えかければそれでよいと考えている。とすれば、それが哲学でないことは自明のことです。

p98

哲学は人生そのものに対する懐疑や不快や絶望のために自殺できるほどの甘えた思い込みではない

 かくして、死んだ人の気持ちは最終的にはわかりませんが、青春のさなかで、「人生そのもの」に対する懐疑や不快や絶望のために、つまり抽象的な理由で自殺を選ぶことは、「いかに生きるべきか」という問いに対して、性急に一つの回答を求める態度と表裏一体をなしており、哲学の営みとはまっこうから対立します。哲学とは、こんな甘えた思い込みではない。それは、生きることそのことが切実なテーマであることを知ること、人生の疑いのない虚しさや残酷さを直視して、どこまでも倦むことなく「どういうことなのか」と問い続けることです。「自殺」はそれを中断する暴力です。さきほども言いましたが、充分考え抜かれた自殺はありえない。それは思考の停止であり、すなわち哲学それ自身の否定なのです。

p102

まとめにかえて二つの注目点

さて、まとめるべきことはありませんが、ぜひとも特別に注意を払ってもらいたい点を二つ上げておきます。

  1. 哲学は人生を直接教えることはできない
  2. 哲学は人生の虚しさや残酷さについての性急な答えを求めず、どういうことなのかと問い続ける

一つ目の点は哲学のもつ特有の否定性と難しさに関わることでしょう。それとともに、カントとショーペンハウアーの間で議論されたことから著者が言うところの「哲学は知識に限定して学び教えることができる」という謙虚な哲学者の姿勢につながっています。

そして第二の点は、哲学対話との深い関わりのある問いであり、これからも考え続けるべき問いでしょう。

さて、ステイホーム イン ゴールデンウィークに、人生について哲学しうるかどうか、一人で哲学してみてはどうでしょうか。

哲学史を「阿呆の画廊か?」と問うたヘーゲルは、哲学対話を「阿呆のお喋りか?」と問いはしないか。

 以下は近代の哲学者でもっとも有名な人の一人であるヘーゲルの哲学史についての長い引用です。主人と奴隷の弁証法やアウフヘーベンなどと並んで、「阿呆の画廊」はヘーゲル語の中でもよく知られているもので、もはや哲学の常識の一つに数えてもいいくらいのものかもしれません。

 哲学史は阿呆の画廊か?これがヘーゲルが突きつけた問いであり、もちろんヘーゲル自身にとっての問いでもあったわけですが、哲学対話は阿保の画廊、あるいはもっと、阿呆のお喋り、ではないか。この問いを哲学対話は避けて通れないように思われます、哲学対話に真摯に取り組むならば。この問いに心当たりもないというのでは、哲学対話をもはやすでに何かのイデオロギーと取り違え、哲学対話についての対話と反省を拒否する熱狂的な哲学対話教徒だとしか、私の目には映りません。

 哲学史と哲学対話とは無縁のものというのは本当でしょうか。ヘーゲルが述べる哲学史を、あたかも哲学対話についてであるかのように読むことは難しくないと思います。立論、反論、綜合、というのが哲学史の弁証法的発展であるとすれば、対話が探究を前進させるその仕方が、弁証法的発展にまったく類比的でないとは、誰も言い切ることはできないでしょうから。 問いに答えてしまうことに慎重にならなければならないのはもちろんですが、ある人の真摯な問いを理解しないまま自分の問いへと歩を進めるのにも、同じぐらいの慎重さが必要な場合もあるでしょう。

 度々出てくる「歴史」や「哲学史」という言葉を適宜、いやそれどころか逐一「哲学対話」と置き換えながら読んでみてはどうでしょうか。

 そして、哲学対話では、なぜ人それぞれが意見を言うだけではダメで、真理を求めるのでなければならないのか、とヘーゲルとともに問うてみてはどうでしょうか。

 引用は、ヘーゲル『哲学史序論』武市健人訳 岩波文庫(1998年)pp53-67 からです。 

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a 意見の集積〔阿呆の画廊〕としての哲学史

 歴史というとき、すぐに考えられることは、それが諸々の時代、諸々の民族、諸々の個人の偶然的な出来事を物語るべきものとせられているということである。

一方では時間の順序から言って偶然的なものについてであり、また一方では、その内容上偶然的なものをである。時間の順序にかんする偶然性については後に述べる。そこで、まず我々が論じようとする概念は内容の偶然性である。すなわち偶然的な諸行為の概念である。しかし哲学がもつ内容は外面的な行為でもなければ、また情熱とか幸福とかの事件でもなく、まさに思想である。ところが偶然的な思想は意見(Meinungen)にほかならない。そうして哲学的意見とは、哲学の立入った各内容や哲学特有の対象、即ち神、自然、精神に関する意見を言う。

 そこで我々が早速お目にかかるのは、哲学史は即ち時間の中で出現し、時間の中で提示された、たくさんの哲学的意見を枚挙すべきだという、哲学史についての極めて通俗的な見解である。控えめに言うときは、こういうものは意見と呼ばれる。しかし、これにもう一つ突っ込んだ判断を下しうると考える人々は、哲学の歴史を阿呆の画廊(Gallerie von Narrheiten)とさえも呼ぶ。或いは少なくも、思惟と単なる概念とに専念する人間の昏迷の画廊と呼ぶのである。このような見解は、ただ哲学において自分の無知を公言するような連中から聞きうるのみではない。(彼らが無知を公言してはばからないのは、普通の考えでは、哲学とは何かということに関して判断を下すのに、この無知は障害とはならないと考えられているからである。ーーそれどころか、各人は哲学について何の理解ももたなくても、哲学の価値と哲学の本質について判断しうると確信しているのである。)また自分で哲学史を書く人々、書いた人たちからも聞きうる。このいろんな意見の枚挙としての哲学史は、こうして閑暇な好事の事柄となる。或いは、いわば博識の関心事となる。なぜなら博識とは、もっぱら無用な事柄をたくさん知ることだからである。言いかえると、その知識をもつこと以外には、それ自身では何の値打ちも、何の利益もないような事柄をドッサリ知ることだからである。

 だが人々はまた、他人のいろいろの意見や思想を学ぶことから利益を受けとるとも考える。即ち、そのことは思考力を刺戟し、また多くの立派な思想に導くことにもなるという。言いかえると、時にはまた、さらに意見を生むための機縁ともなると見る。従って哲学史の役目は、意見から意見への発展を綴るところにある、と考えるのである。しかし、哲学史がただの意見の画廊にすぎないとすれば、ーーー神に関してであれ自然的な物と精神的な物との本質に関してであれ、ーーーこのような思想の運動や博識から、どんなに多くの利益がもたらされると言われるにせよ、哲学史は全く無用な、退屈な学問となるのではあるまいか。単なる意見の羅列を学ぶより下らないことがありえようか。これほど馬鹿らしいことが他にあろうか。哲学の諸々の理念を意見という形で捉え、論じようとするような頭で書かれた哲学史の通俗的著書が、およそ如何に下らなく、おもしろくないものであるかということは、ちょっと見ただけでも分かるのである。

 意見は一つの主観的な考え、一つの任意の思想、一つの想像であって、私はこう考え、他の者は異なって考えうるといったものである。意見は私のものである。(eine Meinug ist mein.) 意見は、それ自身において普遍的な、即且向自的にある思想ではない。だから哲学は何らの意見をも認めない。なぜといって、哲学的意見なるものはないからである。それで、だれかが哲学的意見について話すのを聞けば、その人が哲学史家であっても、その人に第一次的教養の欠如していることが直ぐに分かる。哲学は真理の客観的な学問であり、真理の必然性の学問であり、概念的認識であって、いかなる意見マイネン〔私念〕でもなく、意見の綴り合わせでもない。

 次に、このような観念に特有のもう一つの意味は、我々の知識がただ意見という形でしかありえないとせられることである。この場合には、意見にアクセントがおかれる。ところで、意見に対立するものは真理である。真理とは、その前に出れば意見が色を失うといったものである。しかし哲学史において、ただ意見だけを求める連中、或いは哲学史においてただ意見だけが見出されるべきだと一般的に考えている連中は、真理なる言葉に出会うと顔をそむけるのであるここで哲学は二つの面から反対を受ける。一方では敬虔〔信仰〕が、周知のように、理性または思惟は真理を認識しえず、反対に理性はただ懐疑の深淵に導くのみだと宣言した。従って真理に達するためには自力的思惟は放棄し、理性は盲目的な権威の信仰の下に縛っておくのでなければならないとも宣告したのである。宗教の、哲学と哲学史とに対する関係については後で述べる。これに反して他方では、これもまた周知のように、いわゆる理性が幅をきかせて、信仰を権威から引き下ろして、キリスト教を合理的にしようとした。その結果、何事の認知であれ、それには全くただ自身の識見、自分自身の信念だけが自分に対して責任のあるものだということになる。ところが不思議なことに、この理性の権利の主張は逆転して、理性は真なるものなどというものは認識しえないという結果に達したのである。このいわゆる理性は、一方では思惟的理性の名前と力とにおいて宗教的信仰と闘った。しかし同時に、自身も理性に反するものとなり、真の理性の敵となる。それは真の理性に背いて内的な予感や感情を主張する。だから主観的なものを価値の規準にするのである。即ち各人が自分の主観性のなかで自分勝手に作るような自分の信念を規準とするのである。だが、こういう自分の信念こそ意見に他ならない。従って意見が人間にとって究極のものとなったのである。

 そこで、それが次のような観念となって、我々の出発点において立ち現れるとすれば、我々は哲学史におけるこの見解について、まずもって述べておかないわけには行かない。この見解は一般文化の中に浸みわたっている、その結果であり、いわば我々の時代の偏見であり、また我々の時代の象徴である。即ちそれは、今や人々が互いに理解しあい、認識し合うための原理である。当然のこととして認められる前提であり、従ってあらゆる他の学問的活動の根底とせられる前提である。神学においてはキリスト教の教養として通用するほどの教会の信仰箇条はなく、各人は自分の信念に従って(他の人は他の信念に従って)、多かれ少なかれ自身のキリスト教の教義を作っている。或いは、色々の意見を知ろうとする関心が神学に向けられて、神学が歴史的に研究されていることは、我々のしばしば見るところである。そうして、この知識収集の最初の収穫の一つは、すべての信念を尊重することになり、しかも信念とは各人が自分だけで決定せねばならぬものだと考えるにあるとみられるようになったことである。そうなると、真理を認識するという目的もまた放棄される。何よりも自分の信念こそ、認識において理性と理性の哲学とが主観性の見地から要求する究極のものであり、絶対的に本質的なものなのである。しかし、この信念が感情、予感、直観などの主観的根拠に基づくか、即ち一般に主観の特殊性に基くか、それとも思想に基き、従ってその信念が事物の概念と本性とについての洞察から生ずるものであるかということの間には相違がある。ところで前の場合には、信念は意見である。

 いま力説した意見と真理との対立は、すでにソクラテス=プラトン時代の文化の中にも、即ちギリシア生活の堕落の時代の文化の中にもまた、意見マイヌンク(doxa)と知識〔学〕ヴィッセンシャフト(episteme)とのプラトン的対立として現れている〔ティマイオス、187b以下、メノン98a〕。我々がアウグストゥス治下のローマの社会的、政治的生活の衰退時代において、またエピクロス主義と哲学に対する無関心とが世を風靡したその後の時代において見るのも同一の対立である。キリストが「私は真理を伝えるために、この世に来た」と言ったとき、ピラトス(Pilatos)が「真理とは何か」と反問したのはいかなる意味においてである〔ヨハネ伝、18章37-38節〕。それは上品な言い方になっているが、その意味は、こうである。ーー「この真理などというものは我々には分かりきった、古臭いものだ。我々はもっと進んでいる。真理を認識するなどというようなことが、もはや問題でありえないことを我々は知っている。我々は、そんなことは卒業〔超越〕しているのだ。」、と。このことを言う者は実際、それを〔あまりにも簡単に〕超越しているのである。(*ヘーゲルはピラトスの問いとは全く違った意味で、「真理とは何か」ということを、古くて、しかも永遠に価値ある問いとみている。ヘーゲル『小論理学』(岩波文庫)、一七頁、『大論理学』、下巻、二七頁等を参照。) 哲学史において我々がこの立場〔意見の立場〕から出発するとすれば、人によってそれぞれ異なる他人の諸々の特殊性を知ることのみが哲学史の意味の全部となるだろう。ーーしかし、こういう特有性は私には無縁のものである。のみなら、ぞこでは私の思惟的理性は自由ではなく、お留守である。それらは私にとっては、ただ外的な死んだ歴史的素材であり、それ自身において空しい内容の塊りである。また、このような空虚なものの中で満足することは、それ自身ただ主観的空虚にすぎない。

 囚われのない人間にとっては真理は偉大な言葉となって、心を鼓舞するであろう。ところが真理は認識しえないという主張に関しては、それは哲学史そのものの中に現れて来るから、我々はさらに立入って、この主張を考察することにしよう。しかし、ここで次のことだけは一言しておかねばならない。もしもこの前提が許されるとすれば(例えばテンネマンTennemannの場合のように)、何故に我々が哲学に頭を悩ましているかの理由が分らなくなるということである。しかも、そこではどの意見も、それが真理を持つことをウカツにも主張しているのである。私はこの場合さし当たって昔からの考えを引証しておく。ーー真理は知識の中にある。しかし我々は思考ナッハデンケンかぎりでのみ真なるものについて知るのであって、我々が歩いたり、立っていたりするかぎりにおいて、そうなのではない。真理は直接的な知覚や直観的においては認識されない。それは外面的感性的な直観においても、また知的直観においても、同様である。(なぜなら、何の直観も直観としては感性的だからである。)ただ思惟の努力によってのみ、真理は認識される。ーーー 

b 哲学史そのものを通しての哲学的認識の空しさの立証

 ところで、哲学史についての前述の観念と関連して、我々がいわば有害とも利益ともみうる他の帰結が別の面から出て来る。即ち、いまいうような多様な意見、様々な哲学の体系を見ることになると、我々はそのいずれを採るべきかに困惑してしまうのである。これを言いかえると、人間の心を引きつけるもので、哲学がその認識を与えようとする偉大な問題については、偉大な精神も失敗したことが知られるのである。というのは、彼らも他の人々によって反駁されたからである。「偉大な精神にしてもこうであったとすれば、ego homunicio 〔不肖な自我〕がどうして、そこで決着をつけうるなどと考えることができよう。」〔Terentius、Cicero等〕哲学の諸々の体型の相違性と言うことから引出されるこの帰結は、いわば事柄の有害な点である。しかし、それはまた同時に主観的な利益でもある。と言うのは、この相違は、玄人らしい顔をして自分は哲学に関心を持つのだというような様子をしたい連中にとっての、つまり彼らがこういう殊勝な意志をもつとういうような見せかけにもかかわらず、いや、この学問にどうしても打ち込まざるをえないのだという、もっともらしい口上にもかかわらず、実はこれを全く忽(ゆるが)せにすることにとっての、格好の口実となるからである。しかし、この哲学の諸々の体系の相違ということは、単なる口実どころではない。それはむしろ、哲学がその研究に要求する真面目な態度に対する心からの、真向からの反駁の理由となるのである。即ち、哲学の研究を断念することの弁明とせられ、真理の哲学的認識に達しようとする試みの無駄であることに関する、このうえない証拠とせられることのなるのである。実際、「哲学は真実の学問であるべきであり、どれか一つの哲学は真の哲学であるだろう」ということは認められるとしても、「そうすると、それはどの哲学であるか、また我々は何によってそれを認識するか、という疑問が生ずる。各々は自分の哲学こそ真の哲学だと主張する。だが各々は、それぞれ異なった真理認識の特徴と規準をもっている。だから生真面目ニュヒテルンな、分別臭い思惟は判定に苦しまねばならない。」このように主張されることになるのである。

 これが哲学史が提供するとせられる、もう一つ利益であり、問題点である。キケロ(神々の本姓について)『Natura Deorum I, 8 sqq』はこの見地に立って、神に関する哲学的思想の、ぞんざい極まる歴史を書いた。彼はそれをエピクロス派の口を借りて述べているが、それについて自身ではそれにまさることを何もいいえなかったから、それが彼の見解である。即ちエピクロス派は言う。確定的な概念というものには達せられなかった、と。哲学の努力が虚しいという立証は、歴史の結果の示すものが互いに対立し、矛盾し、反駁する種々の哲学の多様な思想の発生だという哲学史の一般的な、皮相な見解から直ちに引き出される。そうして、この拒みがたい事実は、「死んだ者にその死んだ者を葬らせよ、そして私に従え」〔マタイ伝、8章22節〕というキリストの言葉を、また諸々の哲学にも適用する権利を我々に与えるものであると共に、それを要求しているようにさえ見える。実際それによれば、哲学史の全体は、ただ死者の屍で蔽われた戦場となるだろう。そこにあるものは、死んで肉体的に過去となった諸々の個人の国のみならず、各々が他の者を殺し、埋葬するところの、反駁され、精神的に過去となった諸々の体系の国であろう。この意味では、ここではもちろん、「私に従え」の代わりに、むしろ「君自身に従え」、即ち君自身の信念を固持せよ、君自身の意見に留まれ、何故に他人の意見など用いるのか、と言われねばならないだろう。

 もちろん新しい哲学が現れて、他のものは無価値だと主張することはある。また、たしかに各哲学は先行する諸々の哲学が自分によって反駁されたのみならず、その欠点は訂正され、遂に正しいものが見出されたという自負をもって登場する。しかし以前の経験からすれば、こういう哲学も同様に、やはり使徒ペトルス(Petrus)がアナニアス(Ananias)に話したところの、「見よ、君を担ぎ出す者の足がすでに門口に立っているのを」という聖書の言葉が適用されるものであることが分かる。見よ、君の哲学を反駁し、駆逐するだろう哲学が、やがて必ず訪れるだろうことを。それは曾てのの他のいずれの哲学にも、もれなく訪れたのと同様である。

c 哲学の相違に関する説明

 いろいろな哲学があるということ、またあったということは、たしかに否定しえない事実である。しかし真理は唯一である。理性の本能は、この克服しがたい感情または信仰をもっている。「それ故に唯一の哲学だけが真の哲学でありうる。ところが哲学はいろいろであるから、他のものは誤謬でなければならない」という結論が下される。「しかし各々は自分をその唯一の哲学だと断言し、その根拠づけを行い、証明をする。」これが普通に人々のやる理屈であり、また生真面目なニュヒテルネス思惟の、もっともらしい見解である。そこで、このいま出て来た語である思惟の生真面目(Nüchternheit)ということについて考えてみよう。我々が食事前にある(wir sing nüchtern)時には、そのとき直ぐに、或いはやがて間もなく、空腹を感じることは、我々が日常の経験から知るところである。ところが、この生真面目な思惟は、その食事前ニュヒテルンハイトであることから空腹を感じ、ガツガツするようにならず、自分で満足しておられる才能と手腕とをもっている。従って、いまいう言葉を述べるところのこの思惟は、自分が死んだ悟性であることを暴露している。なぜといって、ただ死んだものだけが食事前にあって、それに満足しておられるからである。ところが肉体的生命も精神のもつ生命も、食事前であることに満足してはおられない。それは衝動であり、真理に対する、真理の認識に対する空腹と渇仰に移って行く。即ち、この衝動の満足を切望する。前者のような反省にゴマかされて、満腹にせられはしないのである。

 しかし、この反省について一歩進んで言わねばならないことは、何よりもまず次のことである。哲学が如何に異なっているにしても、とにかく哲学であることでは、それは共通のものをもつということであろう。それで、どれでも一つの哲学を研究した者、或いはそれを知った者は、それが哲学であるかぎり、それでもって、とにかく哲学を知ったことにはなるであろう。だから単なる差異性に固執するところの、そうして普遍は特殊性の中に現実的にあるのに、特殊性をきらい、または恐がるところから、この普遍性をつかもうとも、認めようともしないところの、あの口実や屁理屈を、私は他の所で一人の病人に例えた。即ち、その病人というのは、

医者に果物を食うことをすすめられたので、人々は彼に桜実を、或いは杏の実を、或いはブドウを差出したが、悟性の杓子定規ぺダンテライから、これらの果実の何も果実ではなく、一方のものは桜実であり、他のものは杏の実またはブドウだからといって、取って食わないような者なのである。

 それで、諸々の哲学的体系のこの相違性が如何なるものであるかについて、さらに深い洞察をもつことこそ極めて大切なことである。ところで、真理と哲学が何であるかについての哲学的認識は、真理と誤謬との抽象的対立の面から見るのとは全く異なった意味において、この相違そのものを相違として認識させる。しかも、この点に関する説明こそ我々に全哲学史の意味を開示するであろう。そこで我々が根本的に明らかにしなければならないのは次のことである。種々の哲学という哲学のこの多様性は、哲学そのものにーー哲学の可能性にーー何の損害も与えないのみならず、こういう多様性こそ哲学という学問の存在に絶対的に必然的であり、また必然的であったということ、つまりそのことをこそ哲学に本質的だということである。

 この考察にあたって、もちろん我々は次のことから出発する。哲学は真理を思惟的に、概念的に捉えることを目的とするものであって、何ものも認識されということを認識するのを目的にするものではないということである。即ち少なくも真の真理は認識されるものではなく、ただ時間的な、有限的な真理のみ(即ち真理であると同時に非真理であるもの)が認識されるものであることを認識するのを目的とするのではないということである。というよりも、我々は哲学しにおいて哲学そのものを問題とせねばならぬということである。哲学史の行為は決して武勇伝アーベントイアーではない。それは世界史が単に小説的なものでないのと同じである。それは単に偶然的な諸事件の収集ではない。一人で流浪し、当てもなく戦い疲れ、しかもその活らきは跡かたもなく消え失せてしまったというような武者修行の騎士の遍歴の収集ではない。同時にまた、此処では一人の者が或ることについて頭をひねり、彼処では他の者が勝手にそうしたというのでもない。思惟する精神の運動には本質的関連があり、しかもそれは理性的〔合理的〕に行われる。世界精神に対するこの信仰をもって、我々は歴史に、また特に哲学史に向かわねばならない。

2 哲学史の概念規定に対する説明

 真理は唯一だ、という前に挙げた命題は、まだ抽象的で、形式的である。ヨリ深い意味から見ると、それは出発点である。しかし哲学の目的は、この唯一の心理が同時に、そこからすべての他のもの、自然の全法則、生命と意識との全現象の流れ出る源泉であることを(即ちこれらは、この唯一の真理の反映にすぎない)認識することである。言いかえると哲学の目的は、これらの全法則と全現象とを、その唯一の源泉から概念的に把捉するために、即ちこれらのものの由来をそこから認識するために、これらの法則と現象とを外見上逆の途において、その唯一の源泉に還元することである。それ故に最も大切なことは、むしろこの唯一の真理がただ単純な、空虚な思想ではなくて、それ自身において規定された思想であることを認識するにある。この認識のために、我々はそれ自身としては全く一般的で味気ない抽象的概念について、即ち発展(Entwicklung)と具体者(das Konkerete)という二つの規定について考えておかねばならない。実際、我々はここですべての問題を発展という唯一の規定の中に総括することができる。この発展ということが分かれば、他のものはみな、おのずから明らかになる。例えば、こうである。思惟の産物は思惟されたもの一般〔思想〕である。しかし、思想は、まだ形式的である。概念は、すでにヨリ規定された思想である。最後に理念は、全体性として、また即且向自的に存在する規定としてある思想である。だから理念こそ真なるものである。いや、理念のみが真なるものなのである。ところで、理念の本性は本質的に発展することであり、しかもただ発展のみによって自分を把捉することーー即ち理念であるところのものに成ることーーである。理念が理念であるところのものにせられねばならぬということは、ちょっと考えると矛盾であるように見える。しかし我々は、やはり理念は理念であるところのものだ、と言うことができるであろう。

プラトンの反出生主義? ”どんな生き物にとっても、生存というものは、そのそもそもの始めの時から苦難なのだ ”プラトン『エピノミス(法律篇後編)』973D

いや、私は別に、こむつかしい話をしているのではありません。こんなことには、ギリシャ人でも、よその世界の人でも、人間なら誰でも、何らかのかたちで気づくようになるものです。要するに、それは、どんな生き物にとっても、生存というものは、そのそもそもの始めの時から苦難なのだ、ということですから。つまり、まずはじめに胎児の状態を味わい、それから今度は生まれ落ち、そのうえさらに、体を育ててもらい、それから教育もつけてもらう、これらを全部合わせてみると、「受け入れていかねばならぬ難儀は、到底数え切れぬ」のです。確かに、あらゆる人がそう言っている通りです。それに、一生のうち、痛々しい目にばかり会っている時期などは論外なのですから、満足すべきだ、と誰でも認めるような境遇が得られる時期だけを考えることにすると、これがまた、実に短いものでして、その歳月などを数えてみることさえ無駄でしょう。もちろん、この時期は、言ってみれば、ほっと一息つく間を、人間の一生のなかばあたりのところで、少しばかり作ってくれるようにみえるものです。ところがこんどは、老年が足早に襲ってきます。すると、誰でも、自分が生きてきた生涯の跡をあれこれと考えてみたあげく、絶対に二度とは生まれ変わって来たくないものだと願うようになることでしょう。もっとも、子供じみたことを空想して、いい気になっているようなお人の場合であれば、話は変わってくるでしょうが。

プラトン『エピノミス(法律篇後編)』973D プラトン全集14,6頁 水野有庸訳

https://books.bunshun.jp/articles/-/4862

反出生主義と一緒に考えてみてもいいのかもしれません。

川上未映子と永井均の反出生トークイベントに行ってきた「反出生主義は可能か~シオラン、ベネター、善百合子」 https://note.com/kii365/n/n92b321405da8

哲学は知識に限定してのみ学べるし、教えることができるのだ。これが、謙虚な哲学者の姿勢ではないだろうか?

以下に中島義道『哲学者というならず者がいる』新潮社 URL という著書の、第II部「快か不快か」の「「有用塾」?」(該当ページ数:pp72-74)から引用します。見出しは引用ではありません。

「本当のこと」を語れる清浄な空気は哲学的議論成立の土壌

 昨年秋まで八年間も続いた哲学塾(「無用塾」)を開設した動機の一つが、語るべきことのみを語らねばならない世間の穢れた空気をシャットアウトし「本当のこと」を語れる清浄な空気を確保することであった。いわば哲学的議論を成り立たせるための土壌の手入れである。ある程度は実現したと思う。

哲学ブーム、哲学カフェ、マルク・ソーテ

 そういえば、たちまち化毛の皮がはがれて崩壊した十年前の「哲学ブーム」のころ、私だけではなくいろんな哲学的試みが哲学ジャーナリズム界(?)をにぎわせていた。その一つ、フランスのマルク・ソーテというなんだか料理の名前のような哲学(研究)者が、「哲学相談所」を開設したということが、狭い業界で話題になった。何でも、学生のレポートの手伝いから、哲学論文の書き方から、夫婦喧嘩の仕方あるいはその仲裁まで、引き受けるのだという。哲学カフェーを開き、「愛」について「暴力」についてカンカンガクガクの議論をするのだという。そのほか、ソクラテスの足跡をたどるアテナイ旅行を企画するなど、盛りだくさん。たしか日本にも来て、渋谷で宣伝活動をしたのではなかったか。そして、その後まもなく死んだのではなかったか。

マルク・ソーテにマイナスに刺激されて、「道場」「塾」に辿り着く

 彼の「活動」が、私の哲学の理念と正反対なので、よく憶えているのである。まあ、いろんな人が「哲学」という名のもとに、いろんなことをしてもいいのだが。じつを言えば、彼にマイナスに刺激されて、私は自分の理念にかなった哲学の場をつくろうと思い立ったのだ。カフェーから革命が起きたとも言われているパリやウィーンの伝統などないわが国の「やかましい」カフェーで、哲学談義なんかできるはずがない!わが国には、もっとふさわしいモデルがあるはずだ。そう思案してたどり着いたのが、「道場」であり(幕末の)「塾」であった。こうして、一九九六年十月に私は哲学の道場=塾を開いたのである。

全人間的教育をしないはずの無用塾

 とはいえ、「無用塾」は、はじめから「危うい」位置にあった。私はーー当然ながらーー宮本武蔵でも吉田松陰でもない。彼らのように燃えるまなざしで、哲学の道を「教える」ことなんかできやしないし、したくない。私は剣道や柔道や茶道など、「〜道」という文字が指し示すわが国古来の教育法が嫌いである。これは、単なる技術教育ではなく、全人間的教育という響きがあるから。こうしたことを十分自覚して、古来の「道場」や「塾」をあくまでも批判的に踏襲したつもりだったが、第一回目に参加者一同に松下村塾のパンフレットを見せたりして、私もずいぶんオカシかった。その後も、自分の哲学観や人間観を塾生たちに伝授することに、ほとんど嫌悪を覚えなかったのだから、マルク・ソーテのことなど笑えない「カエルの王様」だったなあ、とつくづく思う。『荘子』の「無用の用」から採った「無用塾」という名前も異様にクサイ。

哲学を学ぶこと、哲学することを学ぶこと カントとショーペンハウアー、プラトンの想起説

 カントは「哲学を学ぶことはできない。われわれはせいぜい哲学することを学ぶことができるだけである」と言った。ショーペンハウアーはこれに対して、「違うんじゃないの?むしろ、逆にわれわれは哲学することこそ学ぶことができないんじゃないの?」と問い返した。これはなかなか難しい問題で、じつはふたりの「哲学」や「学ぶ」という言葉の意味が互いにずれており、すれ違いの議論なのだが(それを説明すると膨大な言葉を要するので、割愛する)、ここでは単純に哲学を「知識」とし、「哲学すること」を哲学する態度、精神のようなものとしてみると、ショーペンハウアーのほうに分があると思う。哲学精神あるいは哲学的センスなんか学べないのだ。プラトンの想起説よろしく、学べるとしても、はじめから知っていた人のみが学べるのである。哲学は知識に限定してのみ学べるし、教えることができるのだ。これが、謙虚な哲学者の姿勢ではないだろうか?

結局マルク・ソーテに擦り寄る?

 こうした反省から、「中島教」の布教は差し控え、あれだけ軽蔑していたマルク・ソーテに思いっきり擦り寄って(?)有名大学の哲学科大学院に受かるための、つまりその試験問題の傾向と対策を伝授するための哲学予備校(「有用塾」?)を開こうかなあ、なんてふと考えてみたりするのですが、みなさんどう思いますか?

(2005・6)

ガレス・マシューズ『子どもは小さな哲学者』からの10個の引用、子どもとの哲学対話のやり方

ステイホームのお供に子どもとの哲学対話はいかがでしょうか。名付けて 「ステイホームウィズダイアローグ #StayHomewithDialogue」! ラップみたいで気に入っています。

子どもの哲学に関して、世界的にもっとも重要な貢献を果たした人の一人はガレス・マシューズでしょう。彼の『子どもは小さな哲学者』には子どもとの対話の実践が数多く記録されています。その記録と彼の考察は、哲学の本質もある光を当てるという点でも、非常に興味深いものです。

そんな子どもの哲学に興味を持つ人なら必読の著書から10個所の引用をし、著書の紹介にしたいと思います。引用の最後の一つは、マシューズが自分の息子と行った対話のやり方です。子どもとだけでなくとも、だれとでもできそうな対話のやり方なので試してみてはいかがでしょうか。

ガレスマシューズのウィキペディア(英語)

哲学するのはごく自然な行為である

p5
哲学するのはごく自然な行為なのだという考えに、多くの学生は抵抗を感じるらしかった。学生の抵抗感にたいして、わたしはある作戦を思いついた。かれらだってこどものころすでに哲学していたのだということを、学生たちに示したらいいのではないか、と考えたのだ。かつてはごく自然なこととして楽しんでいたのに、社会化されるにしたがってやめた活動へと、学生たちにをふたたび導くことが、大学の哲学教師としてのわたしの責務ではないかーーーこんな考えが頭に浮かんだのである。

パパが二重に見えないのはどうして?だってぼくには目が二つあるし、片目ずつあけてもパパが見えるよ

p21
わたしは八つになる息子ジョンを寝かしつけている。ジョンはわたしを見上げ、出し抜けにこう尋ねる、「パパ、パパが二重に見えないのはどうして?だってぼくには目が二つあるし、片目ずつあけてもパパが見えるよ」
わたしはなんと答えるか?
まずわたしは、ジョンが疑問に思っていることを、正確に理解しようと努める。
「お前には耳が二つあるね」とわたしは指摘する。「でも二重に聞こえるわけじゃないだろ?それは不思議じゃないのかい?」
ジョンはにやりと笑う。「二重に聞こえるってどういうこと?」
「そそうだだなな、ここんななふふうにききここえるるここととさ」とわたしは答える。
ジョンは考え込む。

問題点の重要性を、「からだで」感じとっている

p70
 もちろん宇宙は無限か否かという問題にたいして、非ユークリッド幾何学を含め、マイケルよりもずっと複雑な概念装置を動員するおとなもいる。だが明らかにマイケルは、この問題の根本的な意味のいくつかを明晰に理解している。時としてマイケルはまったく驚くべき推論を示す。また明らかにマイケルは、おとなだろうと子どもだろうと、だれによっても改良されえないいくつかの問題点の重要性を、「からだで」感じとっている。

ピアジェが迷いに対してまったく鈍感らしいということ

p98
わたしにとって、このやりとりいちばん印象的なところは、ピアジェが迷いに対してまったく鈍感らしいということである。だれだって、おとなだろうとこどもだろうと、ファヴと似た内容の夢を見た人に「あなたが夢の中にいたのか。それとも夢があなたのなかにあったのか」」と質問して、「その両方だ。わたしは夢の中にいたし、夢はわたしの中にあった」という答えが返ってきたら、なんとなく不自然な気がするのではなかろうか。ファヴは迷っている。ピアジェは迷っていない。
p99
しかし、ピアジェが子どもに見出したと称する概念はすべて、哲学的考察をそそる。

ピアジェは幼児の哲学的思考に敏感でないというわたしの主張には、たしかに皮肉が含まれている。

注1 p188
ピアジェは幼児の哲学的思考に敏感でないというわたしの主張には、たしかに皮肉が含まれている。その証拠に、ピアジェの初期の小論文「子どもの哲学」の最初のパラグラフを以下に掲げよう。(”Children’s Philosphyies”, in A Handbook of Child Psychology, ed Carl Murchison, 2nd ed. rev., Worcester, Mass.: Clark University Press, 1933)ーーー「いうまでもなく現実には子どもは、本来の意味での哲学に取り組むわけではない。というのは子どもはけっして自分の考察をなにか体系のようなものに編み込もうとはしない。原始社会の神秘的な概念作用のことを言っているような「野生哲学」という表現を用いたタイラーが間違っているとしても、一方、比喩的に用いる以外に、子どもの哲学という言い方もできない。」
「とはいえ、自然や心や物の起源などの様々な現象に対する子どもの自発的な意見が、いかに関連がなく、一貫性がないとしても、その中に、あらたに考えるごとにふたたびあらわれる一貫した傾向を見てとることができる。我々が『子どもの哲学』と呼ぶのは、この傾向のことである」。皮肉にもかかわらず、わたしは自分の主張に固執する。

ほとんどの哲学的な問題には、どこか無邪気で素朴なところがある

p128
 いわゆる西洋哲学は、紀元前6世紀に小アジアの海岸地方、今のトルコ地方で生まれた。ベッテルハイムのような発生反復論者にたいしては、こんな質問をしてもいいはずだーーー「こどもはその発達のどの段階で、哲学の発生を反復すると考えられるのか」。もし、「子どもは思春期にはじめて抽象的な思考ができるようになる。そのときだ」という答えが返ってきたら、わたしはこう言い返さなくてはならないーーーわたしの知る限り、五歳児や六歳児は(あるいはひょっとしたら七歳児も)、十二や十四の子どもよりも、はるかに哲学的な質問をするし、哲学的な説明をするものである。この現象は単純には説明できない。
 この現象は、一面では、哲学の本質と関係がある。多くの、いやおそらくほとんどの哲学的な問題には、どこか無邪気で素朴なところがある。大学生を含め、おとなは、初めて哲学の本に接するときには、それを養わなくてはならない。それは、子どもにとっては、ごく自然なものである。
 また、この現象は、別の一面では、我々の社会において、子どもをおとなにする社会化の過程と関係がある。おとなたちは子どもが哲学的な質問をしないように仕向ける。はじめは恩着せ顏で聞いてやり、今度は子どもの探究心をより「有益な」探索へと向ける。ほとんどのおとなは、彼ら自身、哲学的な問題に興味がないのである。一部の哲学的な問題を、こわがったりもするのである。そのうえ、子どもが、おとなが決定的な答を与えることができず、辞書にも百科事典にも答えが出ていないような質問をすることだってあるのだということを、ほとんどのおとなは考えたこともないのである。

哲学的な問題について子どもと話し合うということ

p145
哲学的な問題について子どもと話し合うということは、簡単に言えば、ある種の疑問あるいは概念の問題についてよく考え、その疑問を取り去り、問題を解決することができるかどうかを見きわめることである。うまくいくこともあれば、失敗することもしばしばである。時には、あることがより明確になったために、なにか別のことがひどく曖昧であることに気づく場合もある。

p148
哲学を論ずるのに必要なのは、根本的には、言語とそれが表現する概念を使いこなす能力が人並みにそなわっている人ならば誰でも持っている、理解力である。それにあえて付け加えるならば、どんなに単純に見える問題も、どんなに基礎的に見える問題も、考えようという意欲と、忍耐力である。

p148
ここで一つ注意しておきたいことがある。私は、これまで論じてきた説明や質問が情緒的に健康で安定している子供から提出さたものと仮定してきた。この仮定はかならずしも正しいとは限らない。いつもは安定と自信にみちている子だって不安になるときがあるかもしれないし、哲学的な説明や質問の中にその不安を表現しているかもしれない。

おとはなおどけなさを意識的に養うことによって哲学と出会うしかないが、子どもたちはむしろ、無邪気さから哲学と出会う

p158
 たいていの人は自分に、あるいは他人に、空がいくつあるかなどと質問したりはしない。誰もが幼い頃に、この質問が、「大洋はいくつあるのだろうか」という質問とは違って、妙竹林な質問であることを知るのである。
 キャサリンみたいな子どもは、これが突飛な質問であることをまだ知らない。おとはなおどけなさを意識的に養うことによって哲学と出会うしかないが、子どもたちはむしろ、無邪気さから哲学と出会う。子どもたちは、哲学者たちが質問のクズ箱から救い出した多くの質問を、いかがわしいとか卑しいとか決めつけて捨ててしまうことを、まだ学んでいないのである。

子どもの思考には、持続性と連続性がじつにはっきりと認められる

p163
たしかに、一部の子どもが哲学的な事柄に向ける注意は発作的である。しかし、わたしの息子ジョンの、比較的持続した意見と質問のいくつかの結実が示しているように、一部の子どもの思考には、持続性と連続性がじつにはっきりと認められる。

p166
「世界はおもしろいな」と、ごくさり気なくジョンが言った。
「そりゃ結構じゃないか。きっとこれからもおもしろいことがたくさんあるよ」
「そういう意味じゃないんだ。世界には、考えるとふしぎなことがたくさんあるってことさ。たとえば道路標識…… 『制限速度三〇マイル』……言葉はその意味を、どうして意味することができるの?」
 わたしははじめ、ジョンが道路標識のどこにとまどっているのか、見当がつかなかった。わたしは次から次へと、いくつかの疑問点を挙げたが、どれもジョンが抱えていた疑問とは違っていた

質問を一つ選び出し、わたしがそれを紙に書く。それからわたしが答を考え、それを書く。

p174
 そんなわけでわたしたちはアウグスティヌスのパロディーはやめにして、代わりに、独自の対話をいくつか書いた。その対話は、ジョンが表明した疑問を出発点とし、わたしたちは対話の中でベストを尽くしてその疑問に取り組んだ。
 手順はこうである。まず討論の材料として、ジョンの質問を一つ選び出し、わたしがそれを紙に書く。それからわたしが答を考え、それを書く。今度はジョンの質問とわたしの答えを、わたしが声に出して読み、答についてどう思うかとジョンにたずねる。たいていジョンはしばらく考えた末、なにがしかの結論に達する。わたしがそれを紙に書く。
 ジョンはこの企画が気に入った様子だった。かれは続けて幾晩も、楽しそうに協力した。

ガレス・マシューズ『子は小さな哲学者』 鈴木晶訳 
引用元の著書の入手は以下をご覧ください。(引用のページ番号は、左側の思索社からの出版のものになります。)