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大森哲学のグロテスクとやりすぎ

中島 義道 – 単行本 生き生きした過去 大森荘蔵の時間論 p123

ここまで「立ち現われ一元論」をたどってきて、あらためてなぜ大森先生はこれほど世界をグロテスクなものとして見ていたのだろうか、という単純な疑問が湧きます。初めはそれしか知らなかったので、「そんなものか」という程度の印象しかありませんでしたが、その後数々の哲学理論を学ぶにつれて、これほどグロテスクな哲学理論も珍しいものだ、ということがだんだんわかってきました。学生時代に先生にどのように哲学をするべきか、尋ねたことがあります。すると、意外な答えが返ってきました。 

やりすぎることです。直感的にある考えが正しいと思ったら徹底的にやってみる。毛沢東のように、やりすぎなければ革命はできません。 

 そのころ(一九六〇年代後半)、先生はマルクシズム哲学からは「ブルジョア哲学」の代弁者のように非難されていたのですが、後に学部長になりヘルメットをかぶった学生集団から肋骨を鉄パイプで殴られて入院した先生が、その後授業に復帰すると、私相手に薄笑いを浮かべながらまさに「毛沢東のように」と言ったのです。 

 当時のわが国哲学界の状況はいまからは想像もつかないものでした。昔ながらの「講壇哲学」は健在で、東大本郷の哲学科にはカント哲学を中心としたドイツ観念論の大家・岩崎武雄、プラトンを中心とするギリシャ哲学の鬼才・斎藤忍随、ライプニッツを中心にヘーゲルから分析哲学まで何でもこなす普遍人・山本信、フッサール、ハイデガーを中心とした若き碩学・渡辺二郎、わが国固有の思想にもフランス哲学にも造詣が深い才人・坂部恵という豪華スタッフがそろっていましたが、ひどく権威的でかび臭い修道院のような雰囲気は否めません。それに対して、在野ではマルクス主義の全盛期であり、サルトルが時 代の寵児であって、早晚革命が勃発しそうな気配(?)でもありました。 

 先生は分析哲学やヴィトゲンシュタインをわが国に導入した先達の一人ですが、こんな時代にあって言語分析に向かうだけの(と思われていました)悠長な哲学が認められるわけはなく、権威筋からは軽薄な論理主義・科学主義、在野からはしょせんブルジョワの暇つぶしという扱いを受けました。先生は、それがさも心地よいかのように「鬼っ子」を自覚し、アングロサクソン仕込みの「軽快でシニカルな」学風をもって哲学界に躍り出たのです。 

 私見では、先生は、ただ世界に安住して研究しているだけの「哲学学者」たちに対しても、この世界のあり方を探究せずに革命ばかり唱える非哲学的な輩に対しても、なにしろこの世界そのものが脆く、儚く、グロテスクであることを示したかった。そして、自分がそうした世界に浸りきっていることを示すことによって、彼らを驚かせたかった、そして自分も驚き続けたかったのです。ひとまず、そこに、「革命」を自覚していた大森哲学のエネルギーがあると言っていいでしょう。 

 よって、先生の一連の著作をきちんと読んでいけば、「大森哲学」というものがあると しても、それは「永久革命」、すなわち繰り返しの自己批判であり自己否定であることが、わかってきます。 

 さらに、よく読めば、この自己批判は、かつてある角度から「やりすぎたこと」への反対のブレのようなものであることもわかってくる。 

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thethirdman

Y先生には「君には言いたいことが何かあるのは分かるけれど、それが何であるのか分からない」と言われ、H先生には「何かの本質をつかんでいるとは思うけど、それが何かってことだよね」と言われたと話すと「それはそのままthe third manさんのキャッチフレーズになりますね」と。

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Y先生には「君には言いたいことが何かあるのは分かるけれど、それが何であるのか分からない」と言われ、H先生には「何かの本質をつかんでいるとは思うけど、それが何かってことだよね」と言われたと話すと「それはそのままthe third manさんのキャッチフレーズになりますね」と。

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