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人生について哲学は何を語りうるか 『哲学の教科書』からの3つの引用

「人生は一人で悩んでいていいんだ。人生の話なんて誰ともしないで、一人で考え続ければいいんだ」。それを教えてくれるのが哲学の魅力であり、哲学の先生に期待してよい(唯一の?)徳であるように私は思います。

ですが、最近ではこんな著書があるそうです。

驚くべきタイトル

実はこのタイトル『哲学の先生と人生の話をしよう』はとても驚くべきものです。多分そんなことを知っている人はいまや少なくなっているのでしょう。とくに若い世代のほとんどの方は、このタイトルをみて驚くことはないのかもしれません。それがまた実は驚くべきことなのです。

大森荘蔵

驚く理由というのは、「東京大学教養学部の哲学者」といえば、30代前半の私ですら真先に思い浮かべざるをえないのは大森荘蔵だからです。「自分の問題を自分で考え続ける」ことだけが哲学だと言い始めた人のイメージが先行してしまい、「哲学の先生と人生の話をしよう」なんてのは想像もできないくらいなのです。だから、このタイトルは30代以上の人々にとっては実に衝撃的なタイトルだと思います。

とはいえ、冷静になってみると、時代がかわったということなのでしょう。30代前半にしてこれほどおじさん臭い思いを持つとは…。誠に残念でございます。

古典を一人で読んで一人で考え続けるのに忙しい私なのですが、いずれ暇なときに上記の著作を読むかもしれません。その予習として、その昔大いに読まれた『哲学の教科書』の「哲学は人生論ではない」の説から3つほど引用いたします。ほんのちょっと前の哲学者たちがどんな人だったか少しはイメージが湧くのではないでしょうか。

中島義道『哲学の教科書』からの引用

中島義道『哲学の教科書』講談社1995年第一刷 
第2章 哲学とは何でないか 第4節 哲学は人生論ではない

いかなる哲学もいかに生きるべきかを教えない

「いかに生きるべきか」を教えるのが哲学である、と信じている人がいるようです。しかし、いかなる哲学といえども直接それを教えることはできません。

p93

自分の行為に照らしながら丹念にその意味を検討してゆくこと

しかし、私が読者諸賢にお勧めすることは、こうした哲学書を読破することではなく、むしろ日常生活を振り返って「よい」という言葉の使われ方に敏感になること、そして自分の行為に照らしながら丹念にその意味を検討してゆくことです。それが「哲学」なのであり、とするとそれがいかに「人生論」とかけ離れているか、お分かりになると思います。
 むしろ、人生論は一般にこうした「言葉遊び」を嫌うように思われます。われわれは、人生論に、こうした回りくどい「無意味な観念の遊戯」を飛び越えて、ただちに幸福を感じさせてくれる・生きる勇気を与えてくれる・絶望から救ってくれる言葉のほとばしりを期待します。人生論の著書も、自分の生きざまから直接にじみ出たごまかしのない言葉が、少数ながらある人々の心に訴えかければそれでよいと考えている。とすれば、それが哲学でないことは自明のことです。

p98

哲学は人生そのものに対する懐疑や不快や絶望のために自殺できるほどの甘えた思い込みではない

 かくして、死んだ人の気持ちは最終的にはわかりませんが、青春のさなかで、「人生そのもの」に対する懐疑や不快や絶望のために、つまり抽象的な理由で自殺を選ぶことは、「いかに生きるべきか」という問いに対して、性急に一つの回答を求める態度と表裏一体をなしており、哲学の営みとはまっこうから対立します。哲学とは、こんな甘えた思い込みではない。それは、生きることそのことが切実なテーマであることを知ること、人生の疑いのない虚しさや残酷さを直視して、どこまでも倦むことなく「どういうことなのか」と問い続けることです。「自殺」はそれを中断する暴力です。さきほども言いましたが、充分考え抜かれた自殺はありえない。それは思考の停止であり、すなわち哲学それ自身の否定なのです。

p102

まとめにかえて二つの注目点

さて、まとめるべきことはありませんが、ぜひとも特別に注意を払ってもらいたい点を二つ上げておきます。

  1. 哲学は人生を直接教えることはできない
  2. 哲学は人生の虚しさや残酷さについての性急な答えを求めず、どういうことなのかと問い続ける

一つ目の点は哲学のもつ特有の否定性と難しさに関わることでしょう。それとともに、カントとショーペンハウアーの間で議論されたことから著者が言うところの「哲学は知識に限定して学び教えることができる」という謙虚な哲学者の姿勢につながっています。

そして第二の点は、哲学対話との深い関わりのある問いであり、これからも考え続けるべき問いでしょう。

さて、ステイホーム イン ゴールデンウィークに、人生について哲学しうるかどうか、一人で哲学してみてはどうでしょうか。

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