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プラトンの反出生主義? ”どんな生き物にとっても、生存というものは、そのそもそもの始めの時から苦難なのだ ”プラトン『エピノミス(法律篇後編)』973D

いや、私は別に、こむつかしい話をしているのではありません。こんなことには、ギリシャ人でも、よその世界の人でも、人間なら誰でも、何らかのかたちで気づくようになるものです。要するに、それは、どんな生き物にとっても、生存というものは、そのそもそもの始めの時から苦難なのだ、ということですから。つまり、まずはじめに胎児の状態を味わい、それから今度は生まれ落ち、そのうえさらに、体を育ててもらい、それから教育もつけてもらう、これらを全部合わせてみると、「受け入れていかねばならぬ難儀は、到底数え切れぬ」のです。確かに、あらゆる人がそう言っている通りです。それに、一生のうち、痛々しい目にばかり会っている時期などは論外なのですから、満足すべきだ、と誰でも認めるような境遇が得られる時期だけを考えることにすると、これがまた、実に短いものでして、その歳月などを数えてみることさえ無駄でしょう。もちろん、この時期は、言ってみれば、ほっと一息つく間を、人間の一生のなかばあたりのところで、少しばかり作ってくれるようにみえるものです。ところがこんどは、老年が足早に襲ってきます。すると、誰でも、自分が生きてきた生涯の跡をあれこれと考えてみたあげく、絶対に二度とは生まれ変わって来たくないものだと願うようになることでしょう。もっとも、子供じみたことを空想して、いい気になっているようなお人の場合であれば、話は変わってくるでしょうが。

プラトン『エピノミス(法律篇後編)』973D プラトン全集14,6頁 水野有庸訳

https://books.bunshun.jp/articles/-/4862

反出生主義と一緒に考えてみてもいいのかもしれません。

川上未映子と永井均の反出生トークイベントに行ってきた「反出生主義は可能か~シオラン、ベネター、善百合子」 https://note.com/kii365/n/n92b321405da8

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